序章:はじまりの物語
第一話:労働階級の娘
「いつもありがとうねぇ、カリン」
そう言って微笑む母の顔は、毎日の鉱山労働で土埃にまみれている。
指の爪も土が詰まり、手のあちこちに傷がありその仕事の過酷さを表していた。
父も同様に鉱山で働いている。父はもっと過酷な環境で仕事をしていて、毎日ツルハシを振るうため、最近はいつも腰が痛いと言っている。
でも、二人は私といる時はそんな素振りもみせず笑顔を絶やさなかった。
私も、両親が仕事で家にいない時は家事を全て一人でやっている。
洗濯、掃除、薪割り、狩り、そして今三人で囲む食卓も私が作った料理が並んでる。
今日のメニューは、近くの村のリバーウッドで手伝いをして、お礼にともらったジャルデュルさん特製のパンと、畑で取れたキャベツと狩りで取れたウサギ肉のスープだ。
私の料理の腕はというと、まだお世辞にも上手とは言えないけど、毎日やっているうちにだんだん慣れてきた。
前にこっそり父に連れて行ってもらった宿屋の味には負けるけど…。
ただ疲れて帰ってくる両親の笑顔が見たくて。
私は一人っ子だから、自分のことは自分でする。
だけど、今はまだウサギを捕まえるので精一杯。
たくさん働いている両親には、少し足りないだろうと思う。
早く自立して、一人でもっと大物を仕留められる狩人になりたい。
例えば雄のヘラジカとか。
でっかい鹿肉の塊を、豪盛に丸焼きにして、両親にお腹いっぱい食べさせてあげるのが私の夢だ。
質素な食事が終わり、私は食器を片付けながらそんな空想をしていた。
そして、忙しい一日が終わろうとしていた。
ふいに、後ろから父に肩をつつかれた。
なんだろうと思って振り向くと、ちょっと手を止めて椅子に座るよう促される。
私は、最後の食器を拭いて棚に戻してから席についた。
「カリン、お前は毎日とてもよく家のことをやってくれている。…でもな、父さんは母さんと話し合って、お前のやりたいことをさせようって事になったんだ」
「やりたい…こと?」
父はうなずいて、何かしたいことはないか聞いてきた。
家事以外で。
「でも…私、今の生活で満足してる」
「そうは言っても、何かあるだろう。なりたい職業だとか、恋人を作るとか…」
「こっ、恋人はまだ早いよ父さん…」
父の口から恋人などという言葉が出てきたのでびっくりして私は赤面した。
「とにもかくにも、お前をこの家に一生縛り付けておく気はないんだ。お前にはもっとたくさんの楽しい経験をして欲しいと思っている。」
でも…
「でもさ、私がいないと家事とか薪割りは誰がするの?」
「そんなの、どうとでもなる。お前の将来のほうが大切だ」
…私の、将来…?
私は将来どうなりたいか。
父の言葉は思ったよりも重く心の奥底に沈んでいく。
でも、二人を置いて何をしようというのだろう。
一生このままの生活で、変わらなくて。幸せだ。
それなのに、私の心は揺れていた。
「あの、言っても良い…?」
いいぞ、と父は腕組をしてさあこいと言わんばかりだ。
私は一つため息をついて、
「あ、あのね…私…、ずっと弓が上手くなりたかったの…」
勇気を出して言った。言ってしまった。
「ふむ、弓か…狩人になりたいのか?」
「そう」
「そうだな…問題ないと思う。狩人か…。」
父は顎に指を当てて思案している。
その間、私はなんだかソワソワしていた。
大したこともない夢だが、言うのには勇気が要った。
弓が上手くなりたい、狩人になりたいなんて言ったら、放浪者みたいだと笑われそうで怖かったのだ。でも父は笑わなかった。
それがとても嬉しくて、恥ずかしくて、私はずっともじもじしていた。
突然、父がパンッと手を叩いて私はビクッとした。
「そうだ!あの人ならば…うん、いいぞ!」
なんのことだかさっぱりだ。
父が満面の笑みでこう言った。
「お前には弓のスペシャリストを付けてやろう!」
続く